bang bang bang


まったくもって妙なことになりやがった。
新しい職場であてがわれた一室で、ベルナドットはベッドに腰を下ろして息を吐いた。
馬鹿馬鹿しいほどに広大な敷地に立派な屋敷。確かに払いのよさはそれに見合ったものだった。
けどよぉ。
編んだ髪の根元を乱暴に掻きながら、ジャケットの胸元を探る。
あちこちがへこみ、すっかり歪んでいる箱の中から縒れた煙草を抜き取り、ベルナドットはそれを咥え、大きく開いた窓の外をぼんやりと眺めた。
とうに沈んだ太陽は、その余力で辺りを朱に染めている。
夜へと向かう僅かな時の狭間に動く者の姿をベルナドットの目が捉えた。
王立国教騎士団の隊服に身を包む小柄な娘。
まったく、とベルナドットは煙草を咥えた口元を軽く歪ませた。
アレが女吸血鬼だってんだから世の中分かんねぇっつうか、笑っちまうっつうか。
軽やかに駆けていく娘は確かに人間では有り得ない。
二メートル以上もの長さの30mm砲を易々と肩に担げる人間などどこにもいない。
そういや射軸の調整がどうのとか言ってたか。
「ご精が出ますなぁ、教官殿!」
冗談めかしたベルナドットの声に、通り過ぎようとしていたセラスはピタリと足を止め、そのまま後ろ歩きで窓のところまで戻ってきた。
「ベルナドデットさんだってもうすぐ演習の時間ですからね。遅れないで下さいよ、隊長?」
そう言って見せる屈託のない笑顔には幼さすら残っている。当たり前の人間の笑顔だった。
ベルナドットは紫煙の向こうで苦笑を浮かべる。
「話に聞くのと実際に見るのでは大違いってことか」
「?」
小首を傾げたセラスに向かい、ベルナドットは人差し指をくいくいと曲げて招いた。
怪訝そうな表情を残し、眼前からセラスの姿が消える。やがて、軽いノックの音と共にベルナドットの部屋のドアが開いた。
「どうしました?」
「ドラキュリーナ・・・・か」
目の前に立つ娘をベルナドットはまじまじと見つめる。足の先から頭の天辺まで、まるで普通の人間だ。例えその肩に平然と担いでいるのが超重量のハルコンネンだとしても。例え自分を指の一本でのしてみせたとしても、だ。
ニヤと笑い、ベルナドットは口元から煙草を外す。
「なんつーかよ。随分想像とは違うな、と思ってよ」
「想像?」
「吸血鬼モンのB級映画なんかよくあるじゃねぇか。そん中だと、女吸血鬼ってのは何だ? もっとこうムッチムチでむしゃぶりつきたくなるようなフェロモン全開って感じじゃねぇ?」
「・・・・・・・悪かったですね。ご期待に添えなくて」
唇を尖らせ、恨みがましそうな目でセラスはベルナドットを見下ろす。
その拗ねた顔が予想以上に可愛らしく、ベルナドットは煙を吐き出しながら盛大に笑った。
笑いすぎで右の目尻に浮かんだ涙を手の甲で拭い、ベルナドットは口を開く。
「まぁ、嬢ちゃんはムッチムチの方はクリアしてんだからよ、後はお色気だな」
ヘルシングに来てから吸血鬼については少し詳しくなった。ブラム・ストーカーを読む気にはならないが。
吸血鬼になれる資格を得るのは処女・童貞のみということ。それ以外は例え血を吸われようともただの食屍鬼となる。
ということは目の前のお嬢さんは、ちょっと前まで処女だったということだ。まぁ、恐らくは今も。
ベルナドットは薄く笑う。
「まだ後生大事に処女をとっておいてんだろ? お嬢ちゃん?」
「んなっ!?」
絶句したセラスの頬にみるみる内に朱がさした。
ビンゴ、か。
ほくそ笑むベルナドットの頬が、かちゃりと冷たい鉄の音がした途端に引き攣った。
待て待て。ちょっと待て。今ここでセーフティを外すな。
「落ち着け嬢ちゃん。お色気の方なら何とかならんでもない・・・・と思う」
セラスの前で左手を広げ、制止を促すした後、ベルナドットは指先でセラスを招く。
顔を真赤にしたまま、それでも何を疑うこともなくセラスは無防備にベルナドットの前に身を屈めた。
「俺と寝てみるか? 色気なんざヤりゃあ一発だぜ?」
隻眼に挑発的な色を浮かべ、ベルナドットは笑う。
「今まで色んなトコで色んなネーチャンと寝てきたが、ドラキュリーナは嬢ちゃんが初めてだ」
目を剥くセラスを前に、ベルナドットは床に煙草を落とし、踵で踏み潰す。至近距離でセラスを見上げたまま、長く編んだ自らの髪を左手でくるりと持ち上げ、その毛先を口づけるように唇に押し当てた。
「どうだ?」
ベルナドットは低く囁き、立てた親指で自身の股間を指し示す。
「こいつだって結構イイ仕事するぜ?」
男の眼差しに、そして囁きに魅入られたように身動き一つしなかったセラスの視線が、指の動きを追って動く。そして、次の瞬間、弾かれたようにセラスは身を起こした。
「・・・・・こんの――――」
怒りか、羞恥にかその瞳は震えている。
「セクハラ隊長ーーーーーーっ!!!」
猛スピードで唸り来る平手を避けられたのは殆ど奇跡と言ってもよかった。
ベッドの上に思い切り倒れ込んだベルナドットの胸に、編んだ髪がぱさりと落ちてくる。
ふん、と鼻を鳴らし、足音も荒々しくセラスは背を向ける。寝転がったままのベルナドットの頭上をハルコンネンの砲身が唸りをあげて通り過ぎていった。
「・・・・・・・・いやいや。ありゃあ、そうとう怒ってんな」
ベッドの上でベルナドットは新しい煙草に火をつけ、それから万歳するように両手を上げた。
こいつぁ、この後の演習がおっかねぇなぁ。
けれど。ベルナドットは低く喉を鳴らして笑う。
次に顔をあわせた時、一体どんな顔を見せるのだろう。あのお嬢ちゃん、セラス・ヴィクトリアは。
それが楽しみで仕方ない。
すっかりと闇の色に変わった天井に吸い込まれていく煙を眺めながら、ベルナドットは目を細めた。