country country
「コーヒーどうですかぁ?」
傭兵達の溜まり場になっている広間の扉が開き、香ばしい香りと共にセラスが顔を出した。
「おー! くれくれ!!」
俺も俺も、とその場にいた全員から寛いだ気安げな声が上がり、セラスは嬉しそうに破顔した。
元々婦人警官だったこともあり、セラスは男だらけの雑多な空間に慣れている。
かつての職場で、下っ端の自分はよくこうやって草臥れて帰ってきた先輩警官達にコーヒーを淹れて渡したものだった。
ほんの少し前のその事がセラスにはとてつもなく遠い昔の事のようにも思える。
コーヒーを淹れながら感じた一抹の寂しさは、扉を開け、傭兵達の陽気な顔を見た途端、消し飛んでしまった。
サーバーの中身をマグカップに注げば、より一層香気が強まる。
「いやー、やっぱ嬢ちゃんのコーヒーはうめぇや」
「そうですかー?」
「シロルだかチロルだか知らんが、紅茶なんつう気取ったもんは俺達にゃ合わんよ」
「何言ってやがる、コーヒーの味だってお前にゃ違いなんか分かんねぇだろうが」
違いねぇと囃し立てる声に、男は手にしたマグカップを掲げてみせる。
「馬鹿言え。嬢ちゃんのコーヒーなら一発で当てて見せるぜ」
「おー! やれやれやってみろ!! 外したら後で一杯奢れよ」
仲がいいのか悪いのか、相変わらずよく分からない賑やかな一団の中に、ある人の姿が見えないことにセラスは気づいた。
「あれ? 隊長は?」
「外じゃ見てねぇよ。部屋にいんじゃねぇか?」
「そうですか」
セラスは小首を傾げ、それから空のマグカップにコーヒーを注いだ。
「だったらちょっと届けてきますね」
カップを一つ手にし、セラスは扉に向かう。その背にからかうような声がかけられた。
「襲われねぇように気ィつけろよ、嬢ちゃん!」
その言葉にセラスの足がピタリと止まる。
それを機に、下品な揶揄が一斉に上がる。小さな背が小刻みに震え、やがて弾かれたようにセラスは振り向いた。
傭兵達を睨みつけるその顔は真赤だった。
「・・・馬鹿っっっっ!!!」
そう言い残してセラスは乱暴に扉を閉める。
「いや、面白いわ。嬢ちゃんからかうと」
「ホントホント」
残された傭兵達は顔を見合わせて楽しげに笑う。
その中の一人が笑い顔を改め、けどよ、と真顔で切り出した。
「マジで襲ったりしねぇだろうな。隊長。ここんとこ女遊びしてんの見たことねぇぞ、俺」
その場から一斉に笑みが消え、再び傭兵達は顔を見合わせる。
「・・・・な訳ねぇだろ。だってアノ嬢ちゃんだぜ?」
どう見てもセラスはベルナドットの好みのタイプからは外れている。まだまだ子供で、色気もなくて、尚且つ吸血鬼だ。
だよなぁ、と再び笑い声に包まれた広間の隅で、副長は何も言わずただ一人肩を竦めた。
躊躇いがちなノックに、反応はなかった。
マグカップを片手に、セラスは困ったような顔でそっとノブを回す。
鍵はかけられていなかった。かちゃり、と微かな音をたててドアは開く。僅かに開いた隙間からセラスは部屋の中を覗った。
静まり返った室内に、部屋の主は居た。
浅く椅子に腰掛け、その背もたれに体重を預け、伸ばした足を投げ出すようして組んでいる。
右目は軽く閉じられ、そしてその頭にはいつものテンガロンの代わりに大きなヘッドフォンが乗せられていた。
いつも賑やかなこの男には珍しいその静かな佇まいに、セラスは目を奪われた。
コーヒーだけでも置いていくかと、足音を忍ばせ、セラスは傍らのテーブルに近づく。カップがテーブルに触れる微かな音に、ベルナドットは弾かれたように目を開いた。
「・・・嬢ちゃんか」
ベルナドットが瞳に宿した緊張は、セラスの姿を見とめた瞬間に、小さく吐いた息と共に溶けて消えた。
「ゴメンなさい・・・・・驚かすつもりはなかったんだけど」
済まなそうな顔を見せたセラスの頭を、気にするなと言うようにベルナドットは笑顔でくしゃくしゃと撫ぜ、ヘッドフォンを外した。
「お! 今日も美味いねぇ、嬢ちゃん!!」
素直に嬉しそうな顔を見せるセラスを、ベルナドットはコーヒーを啜りながら微笑ましく見つめる。
「そう言えば、ベルナドットさん。何聴いてたんですか? 今」
テーブルの上のヘッドフォンに手を伸ばした瞬間、ベルナドットはひょいとそれを取り上げた。
「ヒ・ミ・ツ」
おどけた口調で返され、セラスは疑わしげな目でベルナドットを見る。
「・・・・・また、変なセクハラソング仕入れてんじゃないでしょうね?」
こないだ歌った歌のことを、まだ根に持っているらしい。
セクハラって言えば、とセラスは思い出したように口を開いた。
「隊長の部屋に行くって言ったら、襲われるなよーって言われました。皆に」
可笑しそうに笑うセラスに向けて、ベルナドットは、へえ、と一つしかない瞳を輝かせた。
「折角だからご期待に沿ってやろうか?」
「えっ!? やっ!! ダメっ!!」
真赤になって激しく首を振るセラスに、ベルナドットは「ちぇー」とつまらなそうな顔を向ける。
「何だよ。誘われたと思ったのによ」
唇を尖らせて、あからさまにむくれながらベルナドットは煙草を取り出す。その顔を見て、セラスは軽く吹き出した。
「私最近、たまにとってもカワイイと思います。隊長のこと」
セラスの言葉にベルナドットは煙草を噛んだ口元を歪めた。
「ナマ言ってんじゃねぇよ。お嬢ちゃん」
嗜めるように見上げてくる傭兵隊長の、そのくすんだ金色の頭をセラスはそっと抱き寄せた。笑みの形を作っていたベルナドットの瞳が驚いたように見開かれた。
「ホントですもん」
柔らかな身体がベルナドットの頭を包み込む。そろそろと髪を撫ぜる手の動きは、いとも容易くベルナドットの情欲に火をつける。
「・・・・ったく」
苦々しくそう呟くと、ベルナドットは傍らに立つセラスの脇に両手を入れる。椅子に腰掛けたままで軽々とその身体を持ち上げ、テーブルに座らせる。
「最近誘うのが上手くなってきたじゃねぇか、嬢ちゃん」
「え!?」
苦笑と共に、咥えた煙草を指で弾き飛ばすと、ベルナドットは立ち上がり、そのままセラスをテーブルに押し倒した。
「ち、ちょっ!? ベルナドットさ!」
慌てたように身じろぎするセラスにベルナドットはヘッドフォンを被せる。
聞こえてきたのはカントリー・ロード。
聞き覚えのある、どこか郷愁を誘うメロディー。
こんなのを聴くんだ、この人は―――
意外なような、よく似合っているような不思議な気分だった。
セラスの脳裏に、目を閉じ、静かに聞き入っていたベルナドットの姿が思い浮かぶ。
そんなセラスの隙をつくように、ベルナドットは身を屈めると、その細い首筋に口づける。
ヘッドフォンをしたままの身体は細かく震え、時を置かずして甘い旋律を奏で始めた。
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