coward kisser
隙がない訳じゃねぇんだよ。
ベルナドットは傍らにいるセラスに目をやった。
吸血鬼というのは、人間の気配に敏く、機敏だという。アーカードを見る限り、それは全く異論を挟む余地はないのだが。
ベルナドットは火のついていない煙草を挟んだ口の端を軽く持ち上げた。
自身が半人前の所為なのか、はたまた何事にも例外というものがあるのか、セラスにはかなり隙がある。
彼女の名誉の為に、日常生活においては、ととりあえずの但し書きをつけておくが。
部下共にケツをはたかれたり、抱き上げられて悲鳴を上げてみたり。あ。何か思い出したら腹立ってきた。あの野郎共。
それはさて置き。セラス・ヴィクトリアというのは人並み以上に隙があるなんとも不思議な吸血鬼だ。
今だって。
セラスを見つめるベルナドットの眼差しが笑みの形に細められた。
ベッドの上で、ベルナドットの腕に頭を乗せたまま、セラスは目を閉じている。金色の小さな頭がこくりこくりと舟をこいでいた。
ちぃとばかり苛めすぎちまったかな。
汗ばんだ頬に張り付いた細い髪をベルナドットはそっと指先で払ってやる。
瞑ったままの瞼を二度三度とうるさそうに震わせたものの、セラスが目を覚ます気配はなかった。
まるで子供のようなあどけない寝姿に、ベルナドットの笑みは苦笑へと変わる。
ふとその視線が、唇へと向かった。
指先に感じる頬の柔らかさ。ベルナドットの顔からすうと笑みが消える。頬にあてた指先がゆっくりと動き出した。
触れるか触れないかの力加減でベルナドットの指先はセラスの肌を辿っていく。躊躇うように一度止まった指先はやがて動き出し、唇にそっと触れた。
ついさっきまで、甘い悲鳴と吐息を惜しげもなく零していたその唇。
ベルナドットの顔に再び苦笑が宿る。
嬢ちゃん、アンタ知らねぇだろう?
アンタ抱きながら、俺がどれだけ我慢してんのか。
目の前で。ほんの目と鼻の先で、誘うように開いては閉じるその唇。
喘ぐ声を耳にするたびに、息がかかるたびに、そこも犯しちまいたくなる。
無理矢理にでも唇合わせて、舐めて、舌入れて、ぐちゃぐちゃに掻き回して。下とおんなじ様に、溢れさせちまいてぇと。
まるで餓鬼みてぇにとち狂ってる俺を。
想像の中で、ベルナドットは幾度もセラスの唇を貪る。脳裏に浮かぶ快楽に歪む唇の動きは、背筋が粟立つほどにリアルで、それはベルナドットの中心に再び欲望の火を灯した。
笑みをおさめると、ベルナドットは静かにその身を起こし、セラスを見下ろした。
編んだ髪がぞろりと背中を撫ぜる。
隙がない訳じゃ、ねぇ。
ベルナドットはセラスの唇にあてていた指先を、そっと頤に移動させ、その顔を僅かに上向かせる。
セラスは目を覚まさない。
変わることなく寝息をたてる唇に、ベルナドットは己の唇を近づけ――――
触れ合う直前で止まった唇は、音もなく遠ざかった。
口づけなど容易いものだった。
けれど、きっと悲しむだろう。口づけを恐れるこの吸血鬼は。
そんな顔は見たくない。滾る劣情を押し止めたのはただそれだけの理由だった。
人でなしのトラップ、騙し討ち、何でもござれの傭兵サンが、女の子との約束一つを破れないってんだから笑っちまう。
くつくつと低く笑い声を零せば、セラスがもぞもぞと身動ぎする。ややあって、その瞼がうっすらと開いた。
「ベルナドット・・・・さん?」
不明瞭な口調で見上げてくるセラスの頬をベルナドットは撫ぜる。
「何でもねぇよ。眠いんだろ? 寝てな」
素直にコクリと頷くセラスをベルナドットは優しい瞳で見つめる。
金の頭が再び眠りに沈む。
今はこれで我慢しとくわ。
俯いた金の髪に、ベルナドットは軽く口づけた。
けど、いつか。
いつか、な。嬢ちゃん――――
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