「確かになぁ」
しんみりとした気分を切り替えるようにベルナドットは明るい声を出した。
「んな狭い中に一人で居たら気も滅入っちまうよなぁ」
「寝心地は悪くないんですけどねぇ」
「流石はヘルシング製、ってか?」
おどけた口調でそう返すと、棺の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。その声につられるようにベルナドットの顔にも笑みが浮かぶ。
「だったら、今度はもっとでかい棺桶作ってもらいな」
「――――? 何でです?」
一瞬の間をおいて、不思議そうな声でセラスが問うた。
「そしたら俺も一緒に入ってやれるだろ?」
ぷっ、とセラスが噴き出す。
「ベルナドットさんが、ですかぁ?」
「寂しくねぇだろ?」
「そりゃあ退屈はしないでしょうけど・・・・・・・・」
「けど、何だよ」
うーん、とセラスは暗闇の中で唸った。
「・・・・・・・・変なコト、しません?」
躊躇いがちにセラスが尋ねる。
「変なコト?」
「その・・・・・・・何て言うか・・・・・・・・その、触ったり、とか」
「・・・・・・・嬢ちゃんよぉ」
セラスの言葉に、ベルナドットは心底悲しげな表情を浮かべた。
「俺の真心ってヤツぁ伝わることなく死んでいくんだなぁ」
芝居がかった口調で、がっくりと肩を落とし、ベルナドットは萎れてみせた。
「そっ、そうですよね!! スミマセン!! 私ってば」
「見くびってもらっちゃ困るぜ、嬢ちゃん」
セラスの言葉を遮り、ベルナドットはずい、と棺に身を寄せた。
「触るだけで済ますかっての!!」
ベルナドットは棺の上で力強く拳を握り締めた。
「舐めるし、挿れる!!」
「・・・・・舐め・・・・・・挿れ・・・・」
目を白黒させながら、セラスは引き攣った声をあげ、そして次の瞬間、沸騰した。
「バカーーーーーーーーーーッ!!」
スケベ、ヘンタイ、セクハラ、エロオヤジと喚く賑やかな棺を、ベルナドットは柔らかな瞳で見つめた。
ひとしきり怒鳴り散らすと、棺の中からはゼイゼイと大きく息を吐く音が聞こえてくる。ベルナドットは空き缶の中に煙草を落とすと、棺の上に伸ばした腕に顔を乗せた。
「少しはすっきりしたか?」
板越しに聞こえてきた深い、落ち着いた声に、セラスは目を見張った。
確かに、大声をあげたことで、胸につかえていたもやもやとした感情が、すっきりと消えていた。
もしかして、この人は。
「ベルナドットさん・・・・わざと怒らすようなことを・・・?」
感激で胸を熱くしたセラスの頭上で、ベルナドットは考え込むように目を閉じた。
「けどなぁ、いくらでかくしたって棺桶だからなぁ」
ベルナドットは声を潜める。
「変わりばえしねぇ感じになるんだろうが、構わねぇか?体位」
囁くような甘い声が、暗闇の中に溶け込んでくる。
「あんまり動かねぇで、ずっと挿れっぱなしにしとくってのも悪くねぇか?」
言葉にした端から、身体が勝手にその状況を夢想し、甘く疼いた。
「・・・・どうだい? 嬢ちゃん」
そう振ってみても、予想に反して、棺の中からは反撃の声は上がらなかった。
「・・・・・ベルナドットさんの・・・・バカァ」
ややあってから、弱々しい声と共に、棺の中の身体が身じろぎした気配がした。
「どうした?」
ベルナドットが上体を起こす。
「ベルナドットさんが、ヤらしいコトばっかり言うから・・・・・」
泣きそうな声。
「どうしよう・・・・・・凄く・・・・・」
躊躇いを多分に含む掠れた声。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・したい」
微かな、そしてとてつもなく甘いその反撃に、ベルナドットは大きく目を見開いた。
「お・・・前、そいつぁ反則だろうが」
えいくそ、腰にきちまったじゃねぇかよ。
ベルナドットは脱力したように棺にもたれかかり、苦笑と共に肩を揺らした。
こんな時に誘いやがって。
どんなに欲しくても、この板一枚を引き剥がせない。
板一枚向こうが、この世のどこよりも遠い。泡ならぬ塵になっちまうお姫サマ。
「畜生め」
苦笑の形に口元を歪めながら、ベルナドットは指先で棺の蓋を叩く。
「んな悪いコト言う嬢ちゃんは、向こう着いたら絶対泣かせてやっからな。覚悟しとけ」
「ふにゃあ」
子猫のような切なげな声が棺から聞こえた。
辛いのはお互い様だ。
熱を持て余したままの身体で、ベルナドットは棺を抱きしめるように上半身を横たえた。
気づけば棺の中も静かになっていた。
眠ったか?
時計を見れば、もう水平線から太陽が昇ろうという頃だった。
ベルナドットは立ち上がり、大きく伸びをする。不自然な格好でいた身体はゴキリと大きな音をたてた。
俺も寝るかぁ。
棺の傍を離れ、ベッドへと向かった足は、だが、布団には入ることなく手前で止まった。
ベルナドットは肩を竦めてから毛布を掴むと、それを手に棺のもとへと戻っていった。
ずっと一緒に居るって言っちまったからな―――
言い訳めいた思いに苦笑を浮かべつつ、ベルナドットは毛布を被り、床に腰を下ろす。
誰よりも近くてどこよりも遠い女が眠る棺に寄り添うようにして、ベルナドットは静かにその目を閉じた。
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