釦を引き千切らんばかりの勢いで胸元を開ける。
弾かれたように跳ねた女の身体をベルナドットは渾身の力でもって押さえつけた。
「黙って、大人しくしとけって、お嬢ちゃん」
開け放った窓から青白い光が床へと落ちる。
月の美しい夜のことだった。
blue moon,blue bird
油断すればコントに成り下がってしまうような演習を繰り返し、一週間が過ぎた頃、最初の"命令"が下った。
いつにも増して仏頂面の局長の前に集められたのは、ワイルドギースの面々とセラス・ヴィクトリアだった。
「あれ? あのおっかねぇ旦那は?」
ベルナドットはきょろきょろと周囲を見回す。こうしている内にも神出鬼没の吸血鬼が現れるかと心の準備をしていたのだが、それは杞憂に終わった。
「アーカードは今回は出ない」
「はぁ、そりゃまた何で?」
ヘルシングの鬼札。吸血鬼退治のエキスパートであるあの男が出ないとは。
ベルナドットの問いには答えず、インテグラは忌々しげな表情でぎり、と火のついていない葉巻を噛んだ。
代わりに彼女の背後に控えていた執事が人のよい笑みを浮かべて口を開いた。
「『小物過ぎて食指も動かん。あの程度なら半人前でも十分だ。婦警にやらせろ』とのことでございます」
傲然とした物言いを馬鹿丁寧な口調で結び、執事は頭を下げた。
「そういうことだ」
インテグラはねめつける様にして一同を見渡す。
「ヘリを用意している。詳細についてはその中でだ」
そう言ってインテグラはようやく彼女独特の不敵な笑みを見せた。
「命令は唯一つ"見敵必殺"だ。以上!」
「いやぁ、何でも出てきますなぁ。ヘルシングっつーとこは」
夜を裂いて飛び立ったヘリの内部でベルナドットは呆れ半分の口調で肩を竦めた。
双発中型多用途軍用ヘリAW149。軍用モデルとしては最新のものだ。こんなもん一体何処から流れてくるのやら。
まぁ、吸血鬼を飼ってるって時点でアレなんだから、ヘリなんぞ何てこともないか。
未使用ピカピカの内装を見つめてベルナドットはもう一度肩を竦め、それから向かいに大人しく座っているもう一人の吸血鬼に目をやった。
ベルナドットの軽口にも乗ってこない。作戦展開を決定してからセラスは一度も口を開いていなかった。
「どうした? 嬢ちゃん?」
ベルナドットの呼びかけに、じっと床を見つめていたセラスは我に返ったように顔を上げた。
「アーカードの旦那がいなくて心配か?」
セラスは無言のまま、首を振る。
「じゃ、何だ? 俺達の心配か?」
首を振りかけたセラスにベルナドットはニカっと笑いかける。
「"aucun probleme"だ。嬢ちゃん。まぁ、化物相手の実戦は初めてだが、一応俺達ゃ、戦争のプロだからよ。そんなに心配するない」
これから死地に向くとは思えない力の抜けた物言いに、セラスの頬がほんの僅かに弛んだ。
「はい」
自らに言い聞かせるようにして一つ頷き、セラスはヘリの窓の外に目をやる。
真直ぐな瞳が挑むように夜を見つめている。
夜は彼女の領域だ。それなのに何をそんなに恐れている?
その瞳が不安定に揺れていることにベルナドットは気づかない振りをし、煙草のフィルターを噛んだ。
「おーし。弾ァ行き渡ったかぁ?」
法儀済銀弾入りのマガジンをマシンガンに差込みながらベルナドットが問えば、「あいよ!」とまるで飲み屋でお代わりでも貰ったかのような気楽な声があちこちから上がった。
「食屍鬼は見つけ次第、頭か心臓を狙え。俺達は"三人一組"の三チームだ。いいか、各隊離れすぎるなよ。500の内に居れば親玉が出てもお嬢ちゃんが片ァつける。だな、嬢ちゃん」
ベルナドットは傍らでいまだ硬い表情をみせるセラスを見下ろした。
「いいか、お前ら。くれぐれも深追いすんじゃねぇぞ。俺ァ、お前らが食屍鬼になったら遠慮なくぶっ放させて貰うからな」
冗談めかした一言に、場は一瞬しんと静まり返った。
まったく厄介なことだ、とベルナドットは思う。
普通の戦場なら死んじまったらそれまで。襤褸雑巾のように捨て、或いは捨てられすればいい。だが、ここは違う。
お綺麗な身である筈のない自分達は、血を吸われれば必ず食屍鬼になる。そうなれば今の仲間は次の瞬間には敵となる。
傭兵が死んだ後の心配までしなきゃならんとはね。
気分を変えるようにベルナドットは声を張る。
「さてと、んじゃあ、一発おっぱじめるとすっか」
銃身で首筋を叩きながらベルナドットは笑う。
「気張りすぎて一人でとっととイっちまうんじゃねぇぞ、隊長!!」
野卑な声に重なる笑い声に、うるせぇよと毒づき、ベルナドットは苦笑と共に煙草を吐き捨てた。
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