Red Eye
ビールとトマトジュース。同量をグラスに入れて軽くステアして出来上がり。
夜更けの窓が開いたのは、ベルナドットが冷えたグラスに手を伸ばしたその時だった。
かたりと小さな音がして外から窓が開けられる。夜風と侵入者の動きで厚手のカーテンがふわりと膨らんだ。そしてすぐにカーテンの裾を持ち上げるようにして金の頭が覗く。
「こんばんはー」
カーテンの下に身を屈めたままベルナドットを見上げ、セラスは少し照れた様に笑う。
およそ逢瀬の為に忍んで来た者とは思えない色気のない挨拶にベルナドットは苦笑を浮かべた。
「何ですか? これ」
ベルナドットの向かいに腰掛けると、セラスはテーブルに両腕を乗せ、身を乗り出す。セラスの見つめる先には、鮮やかな赤色を湛えるグラスがある。
「酒だよ。酒」
ベルナドットはひょいとそのグラスを摘み上げると、中身を一口ぐいと喉に流し込み、美味そうに一息をつく。
「ビールとトマトジュースが入ってる。レッドアイってヤツ」
背の高いタンブラーをセラスの目の前に置く。グラスの底が硬い音をたて、赤い水面が緩く左右に振れた。
セラスはテーブルの上で組んだ両腕に顎を乗せ、目の前のグラスをじっと覗き込んでいる。
「綺麗な色ですねぇ」
興味深げな瞳でグラスを見つめるセラスに、ベルナドットは笑みを向ける。
「飲めそうなら飲んでみっか? お嬢ちゃん」
「えっ!?」
ひょいと顔を上げ、セラスは何か考えるように首を傾けた。
「私、未成年なんだけど」
どうやら真剣に言っているらしい。流石は元婦人警官といったところか。いかにもセラスらしい物言いが可笑しくて、ベルナドットは肩を震わせて笑った。
「けど、んなこと言ってたらいつまで経っても酒飲めねぇぜ。嬢ちゃんの場合」
年をとることのない身体の女吸血鬼は、ベルナドットの言葉でようやくそれに思い至ったらしい。
あ、そうか!と少し困ったように笑んだ女を見て、ベルナドットは本当に妙なミディアンだと苦笑を浮かべた。
もう一つグラスを取り出し、ベルナドットは同じ飲み物を作るとセラスの前に置いた。
人の食べるものを受け付けなくなってきている女吸血鬼は、グラスを引き寄せると、恐る恐るといった風で最初に鼻を近づけた。
「どうだ?」
ベルナドットの問いかけに、セラスはぱっと顔を明るくする。
「平気みたい。嫌な感じはしないです!」
嬉しそうなその顔を見て、ベルナドットはつられたように微笑んだ。
「やっぱり吸血鬼とトマトジュースなんてのは相性がいいのかね?」
「それともお酒は大丈夫なんでしょうか。マスターなんかよくワイン飲んでるみたいだし」
「アーカードの旦那とワイン、か」
それは似合いすぎるくらいに嵌ってる。けど、嬢ちゃんにはなぁ。
ワイングラスを優雅に傾けるセラスというのが、ベルナドットにはどうも上手くイメージできなかった。
「まァ、まずはカクテルからお試しあれ。お嬢ちゃん?」
素直に頷き、グラスを口元に運ぶセラスを、ベルナドットはにこやかに見守った。
おーい! 誰か助けてくれー!!
実際に助けを呼ぶこともできず、ベルナドットは心の中でそう叫んだ。
何だ? ヘルシングで飼ってるのは吸血鬼じゃなくて虎か? 虎なのか?
やたらと据わった目で、楽しそうにグラスを振っているセラスを見て、ベルナドットは溜息をついた。
テーブルの上には空になったトマトジュースの瓶が二本。ビール瓶が同じく二本。その殆どをあけたのはセラスだった。大して強くもないカクテルということと、あんまり美味しそうに飲むのが嬉しくもあり、ベルナドットは乞われるままに作ってやっていたのだが。
飲ますんじゃなかった。
「こんな身体になって何が辛いって、ケーキが食べらんないことなんです。 大好きなのに・・・ケーキー・・ううっ」
泣き上戸!?
「マスターもインテグラ様もいつまでも婦警婦警って!! 私にはセラス・ヴィクトリアって立派な名前があるってぇの!!」
怒り上戸!?
「あははははーーーっ!! ベルナドットさん三つ編み可愛いですねー。三つ編み三つ編みーーっ!!」
笑い上戸!?
三つのステータス異常を経過して、ようやく大人しくなったものの、どうしてもグラスを離そうとしない。
「おい、嬢ちゃん。そろそろ止めとけって」
「いーやー」
ベルナドットがグラスの口を摘んで引き上げようとするも、セラスがそれを許さない。上に、そして下に揺れたグラスが二人の手の間を滑り落ちた。
「あっ!!?」
赤い液体が上半身に盛大に降りかかり、セラスは酔った目を大きく開いた。
セラスの腕にぶつかったグラスが、ごとりとテーブルに横たわる。テーブルの上を転がり、やがて止まったグラスから目を離し、セラスはぐっしょりと濡れた己の両手を見下ろし、それから困ったような顔でベルナドットを見上げた。
「酒もしたたるいい女、か?」
からかうように低く笑いながら、ベルナドットは「少し待ってろ」と言い残し、立ち上がった。
セラスに背を向け、タオルを取りに向かう。乾いたタオルを手にしたベルナドットは、笑いながら振り返る。
「はいよ。嬢ちゃ・・・・」
呼びかける言葉と、笑顔は不意に消えた。
濡れた服が不快だったのか、脱ぎ捨てられた隊服が椅子の足元に落ちていた。
下着の白より尚白い胸元が、しみ込んだ酒に濡れて光る。そして、セラスは自らの腕に滴る液体を舐めていた。
ほっそりとした白い腕に赤い舌先が走る。
先端の尖った長い舌が、うねるようにしながら肌の上を行き来する。
伏目がちで一心に赤く色づいた雫を舐め取っていくセラスの姿は、身震いするほどの情欲をベルナドットに抱かせた。
これが女吸血鬼の本質なのかもしれない。男を魅了し、誘い込む。
ベルナドットは皮肉気に口元を歪ませると、タオルを放り投げた。
分かっていながら、まんまと嵌まりに行く俺も相当にめでたい男だけどな。
セラスのもとへと足を運べば、酔いが回ったままのぼんやりとした瞳でセラスはベルナドットを見上げてくる。
「あちこち濡れてるじゃねぇか。手伝ってやろうか?」
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