pussy cat


「隊長さんよォ」
古馴染みの船長が怪訝そうな顔で目の前の"密輸品"を見つめた。
「俺もこんな家業だ。客の荷を詮索するなァ野暮だってこたァ百も承知だけどよ」
やたらとポルトガル訛りのきつい英語を操る船長は、表現のしがたい表情をベルナドットに向けた。
「俺にャ、アレは棺桶にしか見えねぇんだが」

気づきやがったか。
ベルナドットは内心チッと舌打ちをした。
銃火器の入った当たり前の木箱に混じって、白い布に包まれた平らな箱が二つ。
まぁ、棺桶にしか見えねぇわな。
密かに溜息をついてから、ベルナドットは何でもないとでも言うように船長に笑みを向けた。
「やー、今回の雇い主ってのがこういうの趣味でよ。何つうの? ゴシック趣味ってヤツ?」
疑わしげな目を向ける船長の前で、船員が二人がかりで棺を運んでいく。
「心配しなくても人間なんざ入ってねぇよ」
それは嘘じゃない。
出航は夜明け前。ブラジルまでの長い航海の間、セラスの入った棺はベルナドットにあてがわれた一室に運んでもらう手はずになっている。部屋にさえ入ってしまえば、後は何とかなるだろう。
まるで本物の葬儀のように運ばれていく棺を平然と、だが内心冷や汗をかきつつ見守っていたベルナドットの足元が、不意の大波にぐらりと揺れた。
「おっと!?」
棺を担ぐ船員も同じようにバランスを崩し、棺桶の腹を強かに船内の壁にぶつけた。
「きゃっ!!?」
間違いなく棺の中から聞こえてきた声に、周囲の視線が一斉に棺桶に注がれる。
――――――ゲッ!!?
止まってしまったかのような時の中、ベルナドットはゴホンと咳払いをし、おもむろに口を開いた。
「おいおい、気ィつけて運んでくれよ。一応、ナマモノが入ってんだから」
何か言いかけた船長の前に手を翳し、ベルナドットはニヤと笑った。
「あん中にゃあ、雇い主サマの大事な子猫ちゃんが入ってんだ」
「猫ォ?」
「こいつが世にも希少な曰くつきの猫でね。頼むからその蓋開けてくれんじゃねぇぞ。すばしこいわ、あちこち引掻くわで捕まえんのに難儀すんだ」
一同が顔を見合わせる中、ややあって、棺の中から控えめな声が上がった。
「・・・・・・・・にゃあ」
お世辞にも上手いとは言えない鳴き真似に、噴き出しそうになるのを必死で堪え、ベルナドットは粛々と運ばれていく棺の後をついて歩いた。

薄暗い船室の真ん中に棺を置いて室外に出た船員に、誰も通さないように言い含めてから扉の鍵をかけ、ベルナドットは大きく息を吐いた。
「・・・・・・・にゃあ?」
おずおずといった風で鳴いたセラスに、肩を震わせて笑いながらベルナドットは声をかけた。
「もういいぜ。子猫ちゃん」
途端に棺の中から、ふにゃあ、と気の抜けた声が聞こえてきた。こっちの方がよっぽど猫らしい。
「誰もここには来ないように言ったし、鍵も掛けたし。安心しな」
ベルナドットは肩に下げた鞄をベッドに放り投げる。古びたベッドがぎしりと悲鳴を上げた。
「それに、あれだけ脅しときゃあ、嬢ちゃんの寝床に手をかけるヤツもいないだろうよ」
忍び笑いを聞きつけ、セラスは抗議の声を上げた。
「そうだ! 酷いですよ隊長! ひ、人のこと乱暴者扱いして!!」
ちらりと棺に目をやり、ベルナドットはふうん、と鼻を鳴らす。棺に歩み寄ると、その脇に腰を下ろし、セラスの頭があるあたりに背をもたれさせた。
床に垂れた長い三つ編みを、いつものようにぐるりと首に巻きつけ、ベルナドットはジャケットの胸ポケットから煙草を取り出し、口の端に咥えた。
「何言ってやがる。覚えがねぇとは言わせねぇぞ、嬢ちゃん」
人の悪い笑みを浮かべ、ベルナドットはマッチを擦った。
「イきそうになる度に人の背中引っ掻き回してくれんのはどこの誰だ?」
ふい、と美味そうに煙を吐き出し、ベルナドットは笑みを深くする。
「お陰で生傷の絶えない俺」
一瞬の空白の後、棺の中から踏まれた猫のような奇声が上がる。
「どうしてすぐそういうヤらしいこと言うんですかぁぁぁっ!!!」
雄叫びと共に、ガリガリと棺の蓋を掻き毟るような音が聞こえてくる。
ほらみろ、やっぱり暴れ猫じゃねぇか。
くくく、と肩を揺すりながらベルナドットは宥めるようにその蓋をノックした。
「おーい。頼むから内から壊さねぇでくれよ」
ベルナドットの言葉に、セラスはぴたりと大人しくなった。
「・・・・・そうでしたね」
噛み締めるような口ぶり。
超重量の銃火器を振り回し、指一本で大の男を軽々吹っ飛ばすドラキュリーナが、今は人間よりもはるかに危うい状況に置かれている。
敵の真っ只中に丸腰で身を潜めているのに似ているだろうか。
ベルナドットはセラスの存在をつなぐ木の蓋をそっと撫ぜた。

「マスターと初めて会った時もこんな気分でした」
ぽつり、とセラスが語り始めた。
「警官だった頃、派遣された村人が丸ごとグールにされてて・・・・気がついたら、仲間も誰もいなくなってて」
暫くの沈黙の後、セラスは再び過去を紡ぎだした。
「じっと草むらの中で息を殺してました。見つかるもんか、殺されてたまるかって思ってましたけど、同じくらい大声で叫びだしたい気もしてたんです」
幼い頃にも同じ状況にあった。
暗いクローゼットの中。板一枚を隔てた向こうに広がる狂気。
それはセラスという存在の根底に刻み込まれた記憶だった。
「そうか」
低い声で相槌をうつと、ベルナドットは立ち上がり、棺の傍を離れた。
「ベルナドットさん?」
耳ざといドラキュリーナがその足音を聞きつけ、不安げそうな声を発した。
ベルナドットはベッドの上から私物の入った鞄を手に取ると、それをひょいと肩にかけ、振り返る。
「長期戦の構えだよ」
柔らかい声音でベルナドットが応じる。
棺の傍へと戻ったベルナドットは、足元にどさりと鞄を置くと、先ほどと同じように腰を下ろした。
「そう心配しなさんな。向こうに着くまで一緒に居るから」
鞄の中を探り、ベルナドットは手にした缶ビールの蓋を爪で弾いた。